山川 健次郎  やまかわ けんじろう  1854、閏7,17 会津若松 生  1931,6,26 東京 没
 物理学者・教育者・理博
進歩的な会津藩士の次男。藩校に学び戊辰の役で、白虎隊に加わったが少年のため除隊となる。東京に出て苦学するうち、政府の留学生に選ばれて1871年渡米、エール大学のシェフィールド科学校で理工学を学ぶ。1875年帰国。東京開成学校教授補を経て、1879年東大初代物理学教授。1888年物理学術語を決定した共編著「物理学術語和英仏独追訳字書」と1889年「大理石の熱伝導率の測定」を発表し、1896年レントゲンによるX線発見直後我国で最初のX線実験を行った。その後活動の中心は教育行政の面に移行し、1901-05年東大総長、1907年明治専門学校総裁、1911-13年九大総長、1913-20年再び東大総長、1914-15年京大総長(兼任)、1917年理研顧問、1919-20年東大付属航空研究所長事務取扱、1926-31年武蔵高等学校長を勤めた。当時の国家的必要に応えて欧米の科学を摂取し、世界的な視野に立って研究と教育の体制を整え、日本に於ける科学の自立をはかることに寄与した功績は大きい。
櫻井錠二との関連
 1879年東大初代物理学教授・1901-05年東大総長・1913-20年再び東大総長
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